可愛い子には旅をさせよと言うけれど、やっぱり心配なことには変わりなく。上忍待機室の今日の待機者にはたけカカシがいると聞いて俺は同僚の仕事をかっさらって上忍待機室へと向かっていた。
そして上忍待機室へと行ったものの、そこにはたけカカシの姿はなく、俺は少しがっかりしながらも同僚からかっさらった仕事をしていた。ちなみにかっさらった仕事は待機室勤務の日程表の修正したものの張り出しと持ち帰り用の日程表の配布だった。全員には無理でも今現在待機室にいる上忍の人たちにだけでも配布した方がいいだろう。
俺は早速壁に日程表を貼りだし、上忍の方達に手渡した。そして最後の人に渡した時に、俺の待ち望んだ人がやってきた。ラッキー!

「お疲れの所すみません、待機室勤務の日程表の修正が入りましたので、こちらに目を通して下さい。」

俺は近寄っていって用紙を手渡した。

「はあ、どうも。」

はたけカカシは日程表を受け取ってまじまじと眺めている。なかなか真面目な人だな。上忍の中にはもらって早速ポケットの中に入れて見向きもしない人たちもいたのに。

「はたけ上忍、今日のあいつら、どうでした?はしゃいで任務どころじゃなかったりしませんでした?」

はたけカカシは丁寧に日程表を畳むと、俺に向き直った。お、今までよく観察してなかったげと、この人覆面越しに見ても結構整った顔だちをしてるな。

「あの、イルカ、せん、せい...。」

「はい?」

はたけ上忍は静かに俺を呼んだ。なんか、なんだろう、ひどく寂しげな声を出す人だな。

「ナルトたちは、無事任務を達成できましたよ。少々時間はかかりましたがね。大丈夫です。あなたの教え子たちはしっかり忍びとして成長していきますよ。俺が、俺が保証しますから。」

あ、なんか、ちょっとほっとした。はたけカカシという人物をあまり知らないから少し不安だったのだ。アスマ先生は何度か上忍師になったことがあるから勿論信頼しているし、紅先生は俺と以前任務でご一緒したことがあるから、彼女の的確な判断能力や、仲間を思いやる心意気なんかは知っているつもりだ。だが、如何せんこのはたけカカシという人物は今までどんな風に任務をしてきただとか、そういう登録があまりない。あってもかなり古いものが多い。つまり推測するにこの人は暗部だったんじゃないかと言うことだ。暗部と言ったら泣く子も黙る里の精鋭部隊、火影直属の暗殺戦術特殊部隊の総称だ。別に暗部を毛嫌いしているわけじゃないんだけど、普段任務を一緒にしたりとか、顔を合わせて話しをする機会がなかったから、どんな人たちなのかっていうのが掴めないのだ。
そんな彼から俺がほしかった言葉。『大丈夫』という言葉をくれるとは思ってなかったから、ちょっと驚きだ。まあ、考えれば当然か、相手は同じ木の葉の忍びだ。

「そうですか、それを聞いてほっとしました。これからもあいつらのことよろしくお願いします。」

俺は頭を下げた。

「ちょっ、頭上げて、ください。」

はたけ上忍は慌てて俺の肩をつかんで顔を上げさせた。少し困ったような、でも切なげな瞳が片方だけ見えていた。なんでこの人、こんな捨てられた子犬みたいな目をしてるんだろう。
はたけ上忍は何を言うでもなく、しばらく沈黙していたが、やがて俺の肩から手を離した。
そして先ほどとは打って変わって人好きのする柔和な笑みを浮かべた。何かものすごい覚悟みたいなものが滲み出てた気がする一時だった。

「同じ木の葉の忍びなんですからそんなにへりくだった態度しなくていいんですよ?俺のことははたけ上忍、じゃなくてカカシって呼んでください。俺もイルカ先生って言ってるでしょ?」

そういえばアスマ先生も紅先生も上忍だけど先生って言ってるし、ここではたけ上忍って言うのは確かに不自然だったな。初対面の人だからいきなり先生なんて言われたら気分悪くするかと思ってたけど、結構気さくな人なんだな。

「じゃあカカシ先生、これからもあいつらのことお願いします。」

「イルカ先生が、慈しんだ生徒たちだもんね。精一杯あいつらを指導していきますよ。」

言われてちょっと泣きそうになった。そんなこと言われたの、初めてかもしれない。

「ははっ、そう言われるとなんだか照れますね。」

俺は照れ笑いした。っと、そろそろ帰るか、ここの仕事も終わったことだし。

「お引き留めしてすみませんでした。俺はこれで失礼しますね。」

俺はそう言って上忍待機の出口へと向かった。最後に振り返ると、カカシ先生は会釈してまた、と微笑み返してきた。うん、やっぱいい人だなあ、上忍だからってそれをかさにきたりしないし。俺も会釈を返して戸を閉めた。

 

翌日、翌々日と日は巡り、ナルトたちも大分任務にも慣れてきたのか、任務終了の報告書の提出は俺のいる時間内にできるようになっていった。カカシ先生はいつも一言二言、ナルトたちのことを話してくれる。ささやかだけどなんだかそんな心遣いが嬉しい。
そしてそんなある日、その日の任務はごくごく簡単なものだったのか、割りと早い時間に任務終了の報告に来た。珍しくナルトたちも一緒だった。珍しいな、いつもだったらカカシ先生一人が報告書を提出するのに。

「迷子猫トラの捕獲任務終了だってばよっ!」

ナルトが持ってきた報告書を受け取って確認印を押した。
まだ早い時間なので火影様は次の任務を充てようと依頼書の巻物を見て妥当な任務の候補を上げた。

「ぶー、そんなのノーサンキューだってばよっ!!」

が、ナルトはもっとスゲエ任務がいいと駄々をこねた。こいつはまったく、アカデミーから何も変わっとらんのかっ!俺は思いっきり叱りつけたが、ナルトはもういたずらっ子じゃないんだ!!とランクの高い任務をねだってきた。
それを聞いて俺はなんとなくナルトは忍びなんだなー、と今更ながらに思った。もうアカデミー生じゃない、自分はいっぱしの忍びだ。だからすごい任務だって任せてもらいたい。俺もかつてはそうやって上へ上へと目指していったものだ。ま、ナルトのように火影様に面と向かってごねたことはなかったが。
カカシ先生がすみませんねぇ、とナルトに拳骨を食らわせていたが、火影様はナルトの意志をくみ取ってくれたのか、DではなくCランクの任務を言い渡した。内容は護衛任務。まあ、一般の強盗や山賊相手ならよっぽどのドジをしなければ今のナルトたちでも充分に対応できるだろう。それにカカシ先生という上忍もついていることだし。
ナルトはやったー!!と嬉しそうだ。護衛する人物は昼間っから酒を飲んでいるような人だったが、ま、なんとかなるだろう。
橋を完成させるまでの護衛だそうだから何週間かかかる任務だな。俺は詳しい任務依頼書をカカシ先生に手渡した。ナルトは依頼人にからかわれてぶーたれていたが、そんなこっちゃやってけないぞ?護衛任務での依頼人との信頼関係はあった方がいいんだからな。

「よーし、じゃあ各自準備して一時間後に門の所に集合だぞ。遅刻するなよ?」

「何言ってんですか、カカシ先生こそ遅刻しないで下さいよ!」

サクラがべー、と舌を出した。サクラも大分カカシ先生に慣れてきたようだなあ。
そしてみんなは受付所から出て行った。
ふと、気になることが思い浮かんだ。

「火影様、すみません、ちょっと席外していいですか?5分ほどで戻ります。」

「うむ、良いぞ。行ってこい。」

火影様は煙草をくゆらせて頷いた。俺は頭を下げると立ち上がって受け付けを後にした。そして廊下の角を曲がろうとしていた目的の人物に声をかけた。

「カカシ先生!!」

カカシ先生は少し驚いた顔をして立ち止まった。確かに、俺の方からこうやって呼び止めるのはこれが初めてかもしれないなあ。いつもはカカシ先生が話しかけてくれるから。
子どもたちはもう各自の家へと向かったのだろう。姿は見えなかった。

「どうしたんです、イルカ先生。まだ受付の仕事中では?」

カカシ先生はそうは言いつつも少し嬉しそうにしている。俺も少し笑みを浮かべた。

「実はナルトのことで。」

言うとカカシ先生は心なしか切なげに目を伏せた。あれ、俺、今何か嫌な事言ったっけ?

「えっと、ナルト、どうかしました?報告書は俺が書いたんでミスはなかったと思いますけど。」

ああ、ナルトが提出した報告書に不備があったかと思ったのか。俺はくすりと笑った。

「違いますよ、報告書はちゃんと完璧でした。カカシさんの字はいつも綺麗ですよね。ナルトの字ってすごいくせ字じゃないですか?俺、何度も更生させようとしたんですが、あの独特な字はどうにも改心させられませんでした。」

それがアカデミーで教えた中で一番の心残りですと言えばカカシ先生は小さく笑みを浮かべた。口布がなければその表情がもっとよく見えただろうに。

「あ、いや、実は話したいのはそんなことではなくて、」

俺は話しを元に戻した。

「ナルトの奴、里から一度も出たことがないんです。あいつの体がその大きな理由でしたが、下忍に合格となったからには、里外での任務も頻繁になることでしょう。きっと今回の任務はそれだけ今まで以上にはしゃぐはずです。それにランクはCです。どうか、気を付けて行ってきて下さい。」

「大丈夫ですよ、きっとナルトにとっても、他の二人にとってもいい勉強になるような任務となるでしょう。イルカ先生は安心して里で待っていてください。三人のことは、まかせて下さい。」

カカシ先生はそう言って俺の肩をとんとんと叩いた。心なしかいつもよりも元気がない。
俺はふと我に返った。俺、なんかくどかったかも。ナルトのことが心配で、サスケもサクラも大切な元生徒だからしつこくカカシ先生に状況とか聞いたりして、心配性っていうか、ほんと、俺、恥ずかしい奴だな。これじゃあ本当、子離れできない親馬鹿みたいだ。ナルトだってもう一人前の忍びだって言うのに、こんなに一つ一つのことに心配になってカカシ先生に無駄に気を遣わせて。

「カカシ先生、」

「はい?」

「カカシ先生も、気を付けて。無事の任務の遂行をお祈りしています。」

言えばカカシ先生は少し目を見開いて、それはそれは嬉しそうに頷いた。

「はい、必ず無事に帰ってきます。ありがとうございます。」

俺はそろそろ戻らなくてはならない事を告げ、早々に受け付けに戻った。振り返りはしなかったが、カカシ先生の視線がいつまでも背中に当たっていたように思った。